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大阪家庭裁判所 昭和50年(少)21294号 決定

少年 B・S(昭三二・九・二九生)

主文

この事件について、少年を保護処分に付さない。

理由

一  本件は、当裁判所が昭和五〇年七月二九日付で検察官送致決定をした事件(昭和五〇年少第二〇八八三号業務上過失傷害事件)の再送致事件である。その非行事実は別紙のとおりである。

二  検察官の再送致の理由は、「少年において、当裁判所の事実調査終了後の昭和五〇年七月下旬被害者側と円満示談が成立し」たので、送致後の情況により訴追を相当でないと思料するというのである。

なお、検察官は、再送致の理由として、(1)「本件については、少年が公安委員会指定の最高速度五〇キロメートル毎時を超える約七〇キロメートル毎時の高速で交差点を通過しようとした点において一応少年の過失は払拭し難いものがあると思料されるものの、少年の進行する道路は被害者進行の道路よりも明らかに広く、かつ道路標示による通行帯も設けられている道路であつて道路交通法第三六条第二項・第三項等により優先通行権があるものと思料され、最近における判例の傾向からみてこのような少年の進行を妨害した被害者側の過失は極めて大きいものと断ぜざるを得な」く、また、(2)「被害者側の受傷の程度に比し、少年は本件事故により約二ヶ月間の重傷を負つた」点を強調する。

しかしながら、上記(1)、(2)の点はいずれも「送致後の情況」ではなく、適法な再送致の理由に該当しない。のみならず本件においては以下の事情が認められる。すなわち、本件事故現場は東西に通ずる三車線の府道中央環状線(車道幅員九、四米)と、南北に通ずる道路(南側幅員四、二米、北側幅員五、五米)とが直角に交差する信号機のない十字路交差点内で、少年の進行する道路は上記三車線の車両通行帯(道路標示)が交差点の中まで引かれたいわゆる優先道路ではあるが、被害者○林○哉は友人○下○祐、同○浩○と共にそれぞれ自転車に乗つて北進中本件交差点に差しかかり、その南側で全員同時に一旦停止し、次いで右○下、○の乗つた二台の自転車が前後して交差点の横断を始め、被害者○林は、一瞬後方を振り向いたため友人○の自転車よりも約七米ないし八米遅れて発進し横断を開始したのである。他方、幅員約九、四米の車道の第二通行帯を進行していた少年は、前方約六七、六米の地点に二台の自転車が横断するのを発見したのであるから、後続自転車の進出を予測して前方注視を怠らず、衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、約七米ないし八米間隔を置いた三台目の自転車の進出に気付くのが遅れ加速進行したため本件衝突事故が発生したものであり、現に少年の運転する自動二輪車(ホンダCB七五〇CC)の後部座席に同乗していた被害者○田○夫も前方六一、三米の地点に横断中の自転車二台を発見し、次の瞬間前方三一、三米の地点に三台目の被害自転車の進出に気付き危険を感じているのであつて、運転していた少年の過失は軽視できないものがあり、その違反前歴(無免許及び信号無視)からも危険な運転態度が窺われたのである。

三  しかしながら、審判の結果によれば、調査後少年は被害者両名に対し治療費・慰藉料の支払をなして示談に誠意をつくし、被害者らも少年の処罰を希望せず寛大処分を望んでおり、さらに少年は当分単車の運転から遠ざかり大学の進学準備に努め、当裁判所の自庁講習も受講して反省の情顕著に認められることその他諸般の事情を総合すれば、もはや少年を刑事処分に付することは相当でなく、また保護処分の必要性もなくなつたので、少年法第二三条第二項を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 三村健治)

(別紙非行事実)

少年は、自動車運転の業務に従事するものであるが昭和五〇年三月一八日午後六時三〇分ころ自動二輪車を運転し豊中市○○×丁目××番××号先の交通整理の行なわれていない交差点を東から西に向かい直進するにあたり、安全な速度で進行し絶えず進路前方ならびに左右に対する注視を厳にし、前方交差点の安全を確認すべき業務上の注意業務があるのにこれを怠り、たまたま進路前方交差点の左方道路より右方道路に向つて足踏式二輪自転車に乗車進行していた二台に気を奪われ進路左方に対する注視を欠いた儘、二台の自転車以外に通行者はないものと誤認し、時速約七〇キロメートルの高速で進行した過失により折りから進路左前方を右方に向かい足踏式二輪自転車に乗車進行して来た○林○哉(当時一五歳)の発見が遅れ約一五、五メートルの至近距離に迫つてからはじめて同人を認め避譲措置をとるまもなく急制動の措置をとつたが間に合わず自車前輪を○林車両の前輪に衝突させて路上に転倒せしめ同人に加療約一ヶ月間を要する頭部、顔面、下肢挫傷等の傷害を負わせ、更に自車を転倒させて同乗していた○田○夫(当時一七歳)を路上に転倒せしめ加療一週間を要する両膝挫傷等の傷害を負わせたものである。

参考

九〇号(少年法第四五条五号但書 少年審判規則八条)

送致書(乙)

(罪名) 業務上過失傷害

(少年氏名)B・S

右少年事件は貴裁判所から刑事処分を相当とするものとして送致を受けたところ後記の理由により訴追を相当でないと思料するので右事件を更に送致する

昭和五〇年八月二八日

大阪地方検察庁

検察官検事 小林照佳

大阪家庭裁判所 殿

理由

※ 公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がない

※ 犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情を発見したため訴追を相当でないと思料する

(※)送致後の情况により訴追を相当でない思料する(理由別紙のとおり)

注意 ※のうち該当するものを○で囲み、不要の文字に線を引くこと

別  紙

本件については被疑者が公安委員会指定の最高速度五〇キロメートル毎時を超える、約七〇キロメートル毎時の高速で交差点を通過しようとした点において、一応被疑者の過失は払拭し難いものがあると思料されるものの、被疑者の進行する道路は、被害者進行の道路よりも明らかに広く、かつ道路標示による通行帯も設けられている道路であつて、道路交通法第三六条第二項、第三項等により優先通行権があるものと思料され、最近における判例の傾向からみて、このような被疑者の進行を妨害した被害者側の過失は極めて大きいものと断ぜざるを得ない。しかるところ、被害者側の受傷の程度に比し、被疑者は本件事故により、約二ヵ月間の重傷を負つており、又、その後本年七月下旬(家裁における事実調査終了後)には、被害者側と円満示談している状況にあり、訴追を相当でないと思料するので本件を再送致する次第です。

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